ついに我慢の限界!そして退職へ
ベトナムに移住して半年、いまの会社に勤務して3か月が経ったころ、僕の中で異変が起きた。
外国移住者というのは、自分で気づかないうちにストレスは溜まっているといわれているが、僕もその一人だったようだ。
最近は社長とスカイプで話すたびに売り上げ予測について指摘される。
「これだけアポイントがとれて、商談もしているのに契約とれないんですか?」
とチクリと痛いところを刺す。
これは僕も予期せぬことだった。
商談はできるのだが、さんざん長話を聞かされたあとに、「実は予算の決定権は日本の本社にあるんだよね」と言われる始末だった。
このパターンは実に多い。
さらに、貿易事業もうまくいかない。
先日大手の茶葉メーカーの担当者と契約までこぎつけたが、これがおしゃかになったのだ。
先方が手のひらを返したという結果だが、その背後には、うちのような弱小企業などが太刀打ちできない日系の大手商社が横やりをいれたことが挙げられる。
いまのままだと日本へ輸出するための品質基準をクリアできないため、僕の方でいくつかの提案をした。
しかし、ライバルとなった日系商社は、それをすべて金で片付けた。つまり、加工工場と茶畑に対し、商社が多額の出資をしたようだ。
そうなるとメーカーと蜜月関係にあり、なおかつ日本に流通、販路を持っている商社に僕らは太刀打ちできない。
不動産事業でも僕の予測と反することが起きた。
期待していた一番有力の工業団地の担当者と話したのだが、コミッション契約を結べなかったのだ。
となると、進出企業からの手数料のみの利益となり、それではなかなか利益が上がらない。
従業員とも亀裂
ある朝、いつものように会社に出社したら、タムが泣きわめいていた。
金切り声をあげて、ベトナム語でキム君と喧嘩している。
慌てて二人を引きなして、冷静になったところでタムに喧嘩の理由を訊ねた。
「これからキム君はベトナムの会社に商談に行きます。でも、キム君はタクシーで行くといったので、怒りました」
いま僕の会社は毎月のように赤字が出ていて、社長から経費削減を言われている。
バイク社会のベトナムでは、相手企業までバイクで行くことも普通だ。
しかし、キム君の言い分はこうだ。
「うちはブランドのある日本の会社です。その日本の会社の社員がバイクで行ったら、貧乏企業だと思われてしまいます」
基本タクシーやレンタルカーを利用するときは、郊外へ行くときだけというのが会社のルールだ。
しかし、今回は市内。
バイクで15分程度と近い。
僕は会社のルールをキム君に説明するが、キム君は「バイクで行くくらいなら、商談に行きません」と頑なに拒否する。
しかたなく、僕は自腹を切ってキム君にタクシー代を渡して事なきを得た。
これに憤慨したがのタムだ。
自分は間違っていないのに、なぜキム君のわがままを許すのか、と。
しかし、連日の残業に加え、翌朝出社してみれば従業員が泣きわめいて喧嘩している。
僕はこの状況に耐えることができなかった。
日本人のように社会のルールを知らないベトナム人従業員を教育しなければならない分、ストレスの溜まるスピードは尋常ではない。
また、昨日はタムもひと悶着やらかした。
日系企業とのある案件で、顧客と契約までいったのだが寸前で予算がとれなくなったと断られた。
日本人担当者は僕に詫びを入れ、僕も「しかたないですね」と受け入れた。
しかし、これに怒ったのがタムだ。
まさかのまさか、相手企業の経理宛に電話をかけ、予算がとれない理由を問いただしたのだ。
そして、タムとベトナム人経理とで口論に発展し、結局僕と日本人担当者が割って入って沈静化した。
日本では考えられない問題が次々と浮上してくる。「こんなはずじゃなかった」
もっとのびのびと、南国の東南アジアらしい、ゆるやかな仕事ができると思っていた。
そして、僕は退職を決意した。
このままだと本当に心が病んでしまう。
そう強く感じたからだ。
僕のはじての海外勤務は3か月で幕を閉じた。
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