そして初出勤!
ついに初出勤を迎えた。
タイ本社からサポートがあるものの、基本僕一人で経営しなければならないので、事実上、所長職に就くことになる。
事務所は歩こうと思えば徒歩圏内だが、初出勤で道に迷ったりはしたくないため、バイクタクシーに住所を伝えて、バイクで行くことにした。
会社は8時勤務開始のため、7時30分には家を出てバイクタクシーを捕まえる作業をする必要がある。
この時間ホーチミン1区とその近郊はラッシュアワーとなる。
日本では車の大渋滞と、満員電車が途切れなく続くことになるが、バイク社会のベトナムではバイクの大渋滞が1時間以上にわたって続く。電車が普及していないため、人々は二人乗り、三人乗りでバイクに乗り、けたたましい排気ガスをまき散らして走る。
そのため、このラッシュアワーの時間帯の大気汚染は中国の北京と同等だとか。
バイク乗りはみんながマスクをしているのも頷ける。
その渋滞の様子は、まるで暴走族のようでもある。
公安警察が交通整備をするが、それでも渋滞は収まる気配はない。
どこかで悲鳴が聞こえたかと思えば、バイクの転倒か車との接触事故だと思え。
公安警察が来るまで人々は野次馬となって喧嘩の様子を見ているから、さらに道路が渋滞する。
道端ではフォーやチェー、コーヒー、豆乳、バインミーといった軽食や飲み物を売る屋台が並び、ビジネスマンはそれを持って事務所へ行く。
これが東南アジアの朝であり、ベトナムの朝だった。
これが一緒に働くメンバーか……
事務所に出勤したら、僕以外には一人の女性がすでにいた。
「ゆうきさんですね」と彼女は言った。
ベトナムではファーストネームで呼び合うのが普通だ。
どうやら彼女は僕のアシスタント秘書のようで、日本語が堪能だ。
名前はタム。
その後、10分遅れでほかのメンバーもやってきた。
男性営業マンはキム君。
ウェブデザイナーはユンさん。
経理はハウさんだ。
そして僕とタムを含めた5人が、この事務所のメンバーとなる。
ちなみに、事前に僕はベトナムのビジネス社会を学習していて、ベトナム人社員の朝の遅刻は10分15分程度なら目をつむるべきとあったので、僕はそれに倣うことにした。
日系企業であっても、郷に従うことは大切だ。
一癖あるベトナム人
事務所は40平米の小ぢんまりとした面積だ。
5人分のテーブル席とパソコン、コピー機、隣に4畳半ほどの狭い会議室があるだけだ。
僕たちはとりあえず席について、基本的な業務をタムと話し合った。
営業のキム君は多少の日本語が理解できるが、ユンさんとハウさんは英語となる。
「みなさんには気を付けてください」とタムがいう。
「どういうこと?」と僕が聞き返すと、タムは首を振ってこう答えた。
「私はキム君が好きじゃない。営業はうまいですが、よく遅刻するし、残業をまったくしない。ユンさんはあまり仕事がないので、フェイスブックばかりやってます。ハウさんは月に3回程度しか事務所に来ません」
「月に3回?」
「まだ売り上げがほとんどないので、領収書の清算や税金の申告も簡単ですから」
どうやら、現在はほとんど売り上げはなく、毎月家賃と人件費分赤字になっているようだ。
しかし、タムが真面目な従業員で内心とてもほっとした。
僕なりの従業員の接し方
日本においても部下や後輩を指導してきたが、おそらく同じやり方では通じないだろう。
そこで、僕はまずキム君をランチに誘い、近く喫茶店で食事をしながら打ち解け合うことに努めた。
趣味や彼女の有無、日本は好きか、日本食は食べたことがあるか、どんな子が好みなのか。
そして、徐々に話しを仕事に持っていき、毎日の仕事内容から、新規顧客の開拓方法などを聞いた。
キム君の日本語力だと3割程度しか僕は理解できなかったが、それでも初日にしては上々だと思う。
続いてユンさんにはカタログ製作とウェブのバナー作りを依頼した。
これは、先ほどスカイプでタイにいる社長と話し合い、僕の提案を社長が了承してくれた形だ。
そしてハウさんの出勤日については社長も知っていた。
しかし、仕事がないのも事実なので、給料を安くする代わりに、事務所へ来る必要をなくしたとのことだ。
こうして、僕の初出勤が終えた。
本日は残業なし。
自主的に日報のようなものを作成して社長に送ろうと思ったが、自分から縄に縛られることもなかろうと、そのまま自宅へ帰った。
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