ゲストハウスに身を置き、町歩き。ホーチミンを知る

IMG_3899ゲストハウスに暮らすこと2週間。
だいぶホーチミンの地理感覚もわかってきた。

在住者の多くは自前でバイクを運転しているが、僕はまだその域に達していない。
このバイク社会の渦に巻き込まれる覚悟がまだないのかもしれない。

在住者が暮らすホーチミンの町は、それほど大きくはない。
1区~12区までの行政区画にフーニョン区やゴーバップ区といった固有名詞がついた区画がいくつかあるだけ。

その中で在住者の活動圏内は主に1区~5区、そして7区くらいだ。

ホーチミンの町の説明

1区は観光客も多く訪れる、市民劇場やベンタイン市場、そして僕が寝床としているファングーラオエリアもすべて1区となる。
日系企業も多く点在していて、ベトナム最大の商業都市と呼ばれる所以がよくわかる町並みだ。

日本の東京といえば語弊があるが、シンガポールやタイのバンコク、韓国のソウルに負けずとも劣らない都会の町並みが続く。
しかし、ベトナムはまだまだ発展途上国。十数年前までは貧国の部類でもあった国だ。

発展の波に乗れなかった小さな場末カフェや市場が超近代的なビルの隣に影を潜めていたり、政府が隠している物乞いの姿も依然として多い。

対して高級住宅街と呼ばれるのが7区と2区。
いずれも20年前までは沼地だった場所を開拓して、現在ではベトナム人富裕層と外国人が暮らす新興住宅エリアとなっている。

いずれも拠点となる1区から車で20分程度で行くことができる。

ただし、僕のような現地移住者は少し高嶺の花となる。
基本は会社が家賃を出してくれる赴任者、もしくは仕事で成功を収めた社長クラスが住む町だ。

家賃は驚きの1500ドル~2000ドル。
戸建て物件なら3000ドル、4000ドルなんてものもざらにある。

欧米人が多いのは2区。
タオディエンとよばれる地区内にはヴィラや高級マンションが並び、欧米人が犬の散歩やティーブレイクをしている光景が日常で、ちょっとしたパリ気分に浸ることもできる。

対して5区はベトナム最大の中華街。チョロンとは「大きな市場」という意味があり、その昔中国福建省の実業家がこの街づくりの立役者だそうだ。

チョロンには数十万人の華人がいて、彼らの多くはベトナム語も流暢に話す。
しかし、ベトナム人と確執がないわけではない。
ベトナム人と仲良くやっている華人がいる一方で、

「できればベトナム語なんて使いたくない」
「結婚するなら絶対に華人。ベトナム人とは結婚できないし付き合いたくない」

といった華人も多くいるのも事実だ。

 1区以北は空港を中心に考える

 タンソンニャット国際空港があるのはタンビン区で、このエリアは新旧入り混じるオールドタウンだ。

近年は1区からアクセスがいいため高級マンションも増えてきたが、まだ庶民の生活風景も垣間見ることができる。
また、空港以北に広がるゴーバップ区は、ホーチミンで最大の人口を抱えるベッドタウン。

ワンチョン通りを目抜き通りに、そこから枝状に大小の道がにょきにょきと伸び、住宅街へと続いている。
10年前に土地バブルが発生し、この界隈の地価は実に10倍以上に膨れ上がった。

日本に暮らす僕の知り合いのベトナム人は、15年前にゴーバップ区で戸建ての土地を200万円で買った。
それが現在では2000万円もの値がついているとのことだから驚きだ。

最近は土地バブルも落ち着いてきたが、日本政府支援の地下鉄工事が着々と進むにつれ、再びバブルが起きそうな気配がする。
まあ、土地を買う金がない僕は高みの見物をさせてもらうことになるだろう。

4区と8区は危険地帯

ベトナムは非常に治安がいい。
日本人に対しても友好だし、ひったくりは多いものの殺人を伴い重犯罪はあまりみかけない。

少なくともバスジャックされたり、過激派ムスリムに虐殺に合うことはないだろう。

その中でも比較的治安が悪く、女性の夜歩きは危険というエリアがある。
それが4区と8区だ。

こちらは口の悪い人に言われると貧困街だそうだ。それほど所得の高くないベトナムの一般家庭が多く暮らしている。

日本では貧困層に対しては政府が手を差し伸べてくれる。
いろいろ問題になっている生活保護というやつだ。

しかし、ベトナムにはそれがない。
仕事もなく、お金もない家庭はどうすることもできなく、物乞いに走るしかなくなる。

ベトナムが抱える光と影の影の部分だ。

これがホーチミンタウンの概要となる。
もちろん紹介すべきエリアは他にもあるが、まずは以上のことを知っておけばいいだろう。

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