学生時代の憧れだった海外移住

IMG_2035誰もが思う外国へのあこがれ。欧米に住む彼らはそれほど海外移住を望まないそうだ。

その理由はお隣がすでに外国だからだ。
スイス人は週末の買い物に電車に乗ってドイツへ行くし、スウェーデン人は甘い言葉をささやくアモーレを探しにイタリアへ渡る。

フランスでは自分の家の隣人が、雨の日に傘をささないパリにあこがれて住み移ってきた英語しかしゃべれないアメリカ人、ということも珍しくない。

つまり、彼らにとって外国はいたって「ふつう」の存在なのだ。

しかし、日本は違う。
海をまたぐ必要があるし、日本に住んでいるうちは外国語を必要としなく、また人種も少ない。
となりの家はほぼ間違いなく日本人だし、外国人であっても日本語が流暢だ。

異国の世界は我々にとってはふつうではなく、日本人以外の人は特別な存在となる。

学生時代に思い描いていた海外移住

僕が海外移住を最初に考えたのは、大学3年のとき。

ゼミの研修で東南アジアを研究していた。
フィールドワークという、いわゆる現地に直接行って研究・調査・勉強をする必要があるのだが、それが僕が最初に海外へ行くきっかけだった。

インドネシアを最初に、フィリピン、ベトナム、シンガポール、タイと東南アジア諸国を周遊し、研究テーマを考えたとき、最初に興味をもったのがベトナムだった。

また、大学サークルでは国際交流サークルに入っていて、留学生と交流もしていたので外国に対しての興味が次第にあこがれへと変わっていったことについては、さほど驚くことはなかった。

大学4年の卒業論文ではベトナムの民話学に研究テーマを絞り、ベトナム各地に伝わる民話、おとぎ話の伝播・伝承方法を研究した。
原稿用紙60枚を2週間で書き上げたのは、それほどベトナムに対して興味があったからだろう。

このころから、自分の中で「海外で生活すること」が一つの人生の道しるべとなり、目標となった。
どんな方法で海外へ移り住むかなどはまったくの未定ではあったが、「20代半ばまでに1度は海外に住む」という意思は不思議なほど堅かったのをいまでも覚えている。

しかし、それはいまの時点ではまだ夢物語。
日本というリアルな社会が渦巻く国では、海外生活は雲をつかむようなものであり、両親に言えば「現実をみなさい」と言われるようなことである。
いわゆる、ふつうの日本人にとって、海外生活はふつうではなく、「非現実的」なことのようだ。

そして、筆者は大学を卒業し、ふつうに会社に就職した。
業種は販売代理店という、いたってふつうであり、職種は営業という、これもまたふつうだ。

プロフィール

ここで少し筆者のプロフィールを紹介しておきたい。
ここまでで説明しただけだと、筆者はただ海外を夢見る中二病の大学生だからだ。

名前:中沢ゆうき
卒業大学:東海大学文学部
就職先:販売代理店営業職
趣味:バドミントン(高校時代に部活に入っていた)
特技:一人で妄想に耽る

大学を22歳で卒業したあと、メーカーの販売代理店で営業職として働き、その後転職を一度し、26歳のときにベトナムへの移住を決行することになる。

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