社会人としてスキルを磨き、辞表を提出

IMG_1257学生時代に夢見た海外移住も、就職して日本の現代社会の荒波にもまれていたらそれどころではない。
回りの大人たちが海外移住を「非現実的」、「ふつうじゃない」と言った意味がじわじわと身に染みている。

特に僕は営業職だったので、上司からも顧客からも相当こっぴどくやられた。
僕は自分で言うのもなんだけど、世渡りはかなりうまい方だと思う。

顧客からクレームが入ったら、上司に怒られる前に先回りして火消をすることができる。
先輩の自分株を上げる方法を知っていたし、実際営業回りもそこそこの結果を出していた。

しかし、それだけだった。
唯一の楽しみは給料日と不特定多数の女性と遊ぶことだけだったし、夏と冬のボーナスが近づくにつれて、旅行会社のオフィスに足を運んで無料でもらえるカタログをかたっぱしから手に取っていった。

いまだ頭の片隅に海外移住の夢はあったが、しかし、それは次第に「移住」から「旅行」へと変わってしまっていたことに気が付いた。一年に一度か二度の海外旅行を楽しみにしている……いたって普通だ。

その生活が今後何十年も続くと思うと吐き気がしてくる。
しかし、それが日本の現代社会。

正社員、国民健康保険、年金、生命保険、損害保険……。
日本人はあらゆる保険に入って、自分の人生という道から脱落しないように身を守っている。

先進国に生きる人の宿命かもしれないが、とりわけ日本人はその志向が強いように思えるのは僕だけじゃないはずだ。

移住の夢を再び見るのはふとした場面

そんなことを考えながら働いていたとき、会社の次長とオフィスの喫煙室でばったりと会った。
次長はまだ40歳で、自分が面接を受けたときの最終面接官でもあった。
「君の代は実は新卒採用一期生なんだよ。しかも新卒採用は俺がいいだしたことだからね。実現できてうれしかった」
と何かと僕たちのことを気にかけてくれている優しいエリートだ。

「俺はね。将来自分で小さな映画館をひらきたいんだ。自分の好きな映画だけ流してね」
次長そういって、「中沢君、君に夢はあるか?」と訊いてきた。

僕は頷き、忘れかけてしまった海外移住の夢を伝えた。
すると、「それはいい!」と次長は声をあげた。「ここで3年働け。営業をやれば営業事務、経理、企画、マーケティングすべてが絡む。会社がどうやって成り立っているのかがわかる。そうすれば、海外どこに行ったって働けるぜ」

僕はその言葉を信じて、3年間この会社で営業をやりとげた。
その間、リーマンショックや就職氷河期も経験した。

3年後、予定通り販売代理店を退職したが、まだ先行きは暗かった。
なぜなら、貯金がなかったからだ。

お世辞にもいい給料はもらえなかったし、回りの友人と比較しても、下から数えた方が早いくらいだった。そこで、僕は転職をした。

まだリーマンショックが尾を引きずる就職難が続いていたが、持ち前の世渡りのうまさ? が功を奏して無事転職先が決まった。
一応外資系で営業職。
年収も25歳の自分がもらうには多少多かった。

周りからは「やめるなんてもったいない。将来安泰じゃないか」
と言われ続けたが、僕はそこの会社で1年働いてお金を貯めたのち、海外へ移住する決断をしていた。
だから、この1年働き続けるのは苦ではなかった。

営業のスキルもさらに身についたし、帰社後は海外移住に向けてなにかと調べものに没頭したし、とても有意義だった。
移住先は最初にゼミの研修で行ったインドネシアか、卒論を書いたベトナムかに迷った。

というのもベトナムは社会主義国で、自分の中では北朝鮮や中国、キューバといったちょっと怖い国をイメージしていたからだ。

しかし、学生時代のサークルの友人であるベトナム人に聞いたところ、「そんなことはない、日本と同じとは言えないけど、アジアの中では安全な国だよ」と言ってくれたのが決め手となった。

そして、1年後、26歳の時に退職届を出し、海外移住を決行することにした。
ちなみに1年で貯めた貯金額はなんと……40万円……大丈夫かな……。

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